ブルーバード

3月14日にpixivにフライングUPしたSS。
業平橋くんの駅改名ネタです。
書いてるうちに無駄に感情移入してしまって、難産だった記憶があります…。

追記:屋根の支柱には今も古レールが使われていますね
(というか従来の骨組みに膜をはって塗り直しただけですね…)
その点どうも早とちりしてたっぽいです…。

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――いよいよ開業まであと2カ月か…
僕は駅のホームから東京スカイツリータウンと呼ばれるビル群を眺め思いに耽る。
スカイツリーの建設が始まってから約4年。
長かったと言えば長かったし、短かったと言えば短かった、そんな感覚だ。

スカイツリーの建設を巡っては最後の最後までさいたま新都心と争っていたが、
2006年3月31日、この地に建設されることが正式に決定された。
建設地にはかつて貨物ヤードとして機能していて、2003年の半蔵門線乗り入れ開始までは10両対応の地平ホームがあった。

600m級の新タワーか…。かつて貨物列車で賑わったヤード跡地に、新たな歴史が刻まれるのか…。
僕は期待に胸を高鳴らせた。
それが、僕たちにどれだけの波紋を巻き起こすのかも知らずに。

スカイツリー関連の報道が頻繁にされるようになったのは、高さが東京タワーを超えた頃からだろうか。
注目があつまればあつまる程、トラブルも増えていった。
特に休日には見物に訪れる人で早朝から深夜まで混雑し、それに伴う騒音と
マナーの悪い人たちによる立小便、座りう○こ、ごみのポイ捨て、違法駐車などは地元の人たちの頭を悩ます問題だった。
僕の駅の数少ないトイレにも人が並んでいるのをよく見るようになったし、
ポイ捨てされたごみやう○この処理を手伝ったこともある。
スカイツリーなんてなければよかったのに、という人もいたけれど、僕もその気持ちはわからないでもなかった。

それに――「また」改名することになるなんて…

駅名改称を告げられたのは、2010年12月27日のことだった。

報告を聞いた周辺の駅たちは一様に動揺し、そして怒っていた。
特に曳舟くんに至っては、今すぐ東武本社に殴り込みに行こうとして東向島さんに止められた。
曳舟くんは、かつて東向島さんが改名すると聞いたときも、殴り込みに行ってつまみ出された事があるからだろう。

一番の当事者である僕はと言えば…

駅名改称も申請時から数えてもうこれで4度目だから、慣れっこだろう。
そう言い聞かせ、納得させようとしていた。

関東大震災で、そして東京大空襲で駅舎の焼失に遭った。
なすすべもなく、ただ自分の駅が燃え朽ちていくのを見届けることしかできなかった、あの時。
それに比べたら、全然辛いことではないではないか。
そう言い聞かせ、納得させようとしていた。

110年の歴史のうちの81年、約7割を。
現浅草駅開業を経ての貨物ターミナル駅としての発展も、戦中戦後の混乱も、復興に燃えたあの日々から現在に至るまで、
僕は「業平橋」駅として生きてきたのだ。
無論、過去に名乗ってきたそれぞれの駅名にも思い入れがないわけではない。
それでも、僕の中では重みが違った。

自社の利益独占が前面に出た名前に変えられてしまうことが、どうしても受け入れられなかった。
駅舎のリニューアルで、ホームの屋根も新しくなった。
東武鉄道創業時のカーネギー社のレールや古レールが多用されたドーム型の支柱を眺めるのが好きだったのに…
――自分のアイデンティティが崩壊していくようで、怖い。
その本心は決して表には出せなかった。本社最寄駅たる僕が、そんな本心を吐露してはいけないと思っていたから。

あの年末からは毎日、伸びていく塔とともに空を見上げていた。
成長が止まってからも、ずっと…
翼をはやしてあの空に飛んで行けたら、この閉塞感から解放されるのだろうか。
そんな事を思いながら。
そして今日もまた、同じことをしている。

明日から、どんな顔をしてここに立てばいいのかわからない。
細々とした苦労はあるけれど、きっと平穏だったはずの日々をもう少し過ごしてみたかった。
こんな変化なんて望んでなかったのに…
だんだん目頭が熱くなり、視界がぼやけてくる。

ああ、駄目だ…こんな顔をしているところを、誰かに見られたら――

僕は口をきゅっとかみ、首を横に振った。

――そのとき。
「よお、業平橋」
「…!?」
声がしたほうを振り向くと、曳舟くんが大きく手を振って小走りにこちらに近づいてきた。

「何となくお前のことが、気になったから…」
曳舟くんは僕と気持ち向かい合わせになると、話し始めた。

「とうとう、明日だな」
「…うん…」
曳舟くんからこの話題を切り出してくるなんて、珍しい。
あの年末から、この話題については何となくあまり会話に上ることもなかったように思う。
それは僕に気を遣ってくれていたのか…どうかはわからないけれど、少なくとも曳舟くんから話題を持ちかけることなんて
なかったはずだった。なのに、今日は…どういう風の吹き回しだろう。

「しかしよぉ。スカイツリーに命かけてるんだかなんだか知らねーけどさ、ほんと次々不可解なことしてくれるよな…
ここまで来ると物申す気力もなくなるぜ。『東武スカイツリーライン』ってなんだよ…」
「……」
「おまけに、外部でもまるで正式名称のような扱いになってることも多々あるし。困ったもんだよな」
「何しろ駅ナンバリングのアルファベットからしてTSだからね…」

「お前の件もせめて後ろに副駅名をくっつける、程度にしておけば良かったのに…
と思っていたんだが、どうやらそれも最初から無理な相談だったっぽいな」
「…無理な相談って…?」
「押上にもスカイツリーに関連した副駅名がつく可能性が十分にある事。尤も、これも『案の定』だった訳だが。
そして、電車でスカイツリーを見に来る人には圧倒的に押上を利用するケースが多い事…」

「このままだと押上が表玄関で業平橋が裏、のような捉え方をされてしまうかもしれない。
まあ押上も勢力圏内ではあるが、押上はあくまでメトロの管轄。やはり業平橋こそ我らの駅という認識ゆえ、そんな捉え方をされたのではかなわない。
それを防ぐためには同じように副駅名を付けただけでは、結局意味がない。いっそここはぶちあげよう、と――」
「そんな…僕は押上くんと争う気なんて全くないのに…」
「…まあこれはあくまで俺の個人的な推測だけどな」

「結局、政治的な思惑に振り回されんだね」
「そうだな…そして今回は、ある意味全員が当事者でもあるわけだ…」
「…考えてみたら、昔から会社の都合や社会情勢に翻弄され続けてきた。今になって悟ったんだ…きっと僕はそういう宿命を背負って生きて行くべき存在なのだと。…だから大丈夫」
そう言って笑って見せた。自分でもその笑顔が引きつっているのがわかる。

「駄目だな…全然駄目だ…全然大丈夫なんかじゃないだろ」
「えっ」
「東京スカイツリータウンという『あたらしい街』の玄関口としての新たな使命をも受け入れたということだよな。
はっきり言わせて貰えば、全くそんな風には見えないのだが」
「…それは…」
「確かにお前の言うとおり、そういう宿命を持ってるのかも知れん。
でも、だからといってさ…何度似たような経験をしようと、辛いもんは辛いし、悔しいもんは悔しい。
だからこそ、そういう気持ちときちんと向き合ってどうにか折り合いをつけるのが大事なんじゃないか?」

今まで、表向きは何ともないような態度をしていたつもりだったのに…それが偽りなんて事は見抜かれていたのか。

「俺もさ、アレが建設され始めてから色々なことが少しずつ変わっていくのを見て気持ちがくすぶって来て…
ずっとそのまま引きずってきたけど…もうここまできたら、肚を決めるしかないだろって。
案内板や駅名標も数日前から既に更新されている。今更いくらあがいたって何も覆らないし、
その内容が俺らから見ていくらハチャメチャなものであったとしても、
東武の駅という運命からは逃れられないのだから」

「まあ俺自身も踏ん切りをつけるのが遅すぎたよな…気づけばもう前日だしな。
そのせいでお前の話も碌に聞いてやれなくて、悪かった。
俺は駅が焼失したこともなければ改名させられたこともないから、完全にお前の気持ちを理解するのは難しいかも知れん。
でも、そういう経験がないからこその何かができるんじゃないかって思う。」
「曳舟くん…」
「だからさ…、今日一日、つきあってやるよ。行こうぜ、気持ちの整理の旅に」

「ほら、業平橋」
曳舟くんの大きな手が、僕の胸元にまっすぐ差し伸べられる。
「うん」
僕はそっと曳舟くんの手に自分の手を重ねた。




――

日付が変わる間際、もう一度、空高くそびえ立つ塔を見上げてみる。

かつて貨物線となるレールを運んで地面に敷いていた職人たちと同じ顔の職人たちが、
鉄骨を車で運び、クレーンに積んで天空に伸びるタワーを組み上げていた。
「地図に残る仕事」というのは、昼夜、大勢の見物客に見守られていた、彼らの誇りでもある。
とうきょうスカイツリー駅なんていう俗っぽい名前はやっぱりまだ、好きにはなれないけれど
彼らの為に名乗ってみてもいいかもしれない。


――僕はとうきょうスカイツリー。5つの名前を持つ男。

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